ソロ並走できなかった人の言い訳

パンチドランカーが出てすぐ~8までの間、わたしはファンではなかった。
10代のありがちな恋よろしく「新曲気に入らない」と関係を精算、その後また8をなんとなく買って、なんとなく雪崩のようにヨリを戻しました。
わたしはバンドがいちばんつらい思いをしてもがいている時に、苦しむ姿を見ることもせず捨てて、振り返りもしなかった自称ファン、である事実!
でもその後の休止解散でうまくうやむやにしてしまって、再集結後もしれっとファンを公言しています。


休止後のソロ発表はそれはもう嬉しくて、大ガッツポーズでTALIを祝い泣き、そのまま猛スピードで具合悪くなるほど落ち込み、
それでもアルバムを聴いて、次もその次も、
今度は自然に連絡を取らなくなるように別れました。
その頃は自分の人生が始まっていて忙しく、
それでも運命なら、また手繰り寄せられて共に生きる日があると、あつかましくも思っていた、運命なら。
盤を買う度、今度こそわたしの待っていた歌が流れて、共に過ごす日々にまた戻れるんだと、毎回期待をした、
その日はこず、願いを思い出すことも段々やめてしまった。
元気で幸せでいてくれたら!みたいな!

 

 

 

誘われて1度だけライブに行った。
どんな思いも去来せず、誰もがステージを見ているのに、誰も吉井和哉をみていないような不思議なライブだった、ように思えた。
わたしは目の前の吉井和哉に、わたしの好きだった吉井和哉と、吉井和哉を好きだったわたしを探して目を凝らし、でも終に見つけることはなかった。
バラ色の日々をやってライブは終わり、運命の長い恋だったとしたら、これがわたし向けに用意された幕引きなんだろうと思った、
折角平気な顔してたのに、しかも期待してたのに、こんな形でこの人がとても好きだったことを思いださされ、二度と戻らないんだと知らされて、はちゃめちゃな気持ちになって、なんつうひでえフラれ方だってばよ。


それからは、音楽との終わった恋を思い出すこともなかった。
それでもコンビニ有線で吉井和哉の新曲に出逢うとき、いつだって歌い出す前に「これはあいつの曲だろうな」ってわかった(超能力)。
こんな歌を歌ったとか、こんなことをしたとか聞いては、さすがわたしの信じた男~相変わらず素敵~✨といつも思った。
でも音楽で繋がりたかった。
それしかなかったし他は必要ないのに、それだけない。
何回聴いてもソロはnotformeとしか言えなかった。

 

 


イエローモンキーが戻ってきて、毎日毎日「やっぱ好っきゃね~ん!!!!」ばかり言ってて、ソロのことはやっぱりうやむやなままになってしまう。
すり合わせられなかった15年、深追いしないままでいいと思ったりもした。


いま、わたしが急にグダグダ書き出したのは、あなたとソロ吉井和哉のかけがえのない15年にちょっとでもケチつけたりする目的じゃないんです。
「バンドがある状態でのソロ吉井和哉」をみてしまって、なんというか、少し整理しておきたかったんです。