無題
24日仕事・25日街頭募金・仕事・仕事・28日仕事→ライビュ・29日デモ・30日仕事、の年末だった。
仕事納め〜正月の5日間は発熱した。
普段行かないことを選んだライブは配信も見なくて良い派なんだけど、今年は流石に辛すぎたので、劇場ででも見たかった。
忘れてたけどわたしライブすきやねん。
人混みのなかにそを聞きにゆくぜ…
とか言って、「ゆく年くる年」カメラで笑ってたのに、会場に切り替わってみんな拍手で温度上がってんのみてストレートに「わたしも何もなくてそこにいたかった〜!」って始まる前から泣いてやんの。情緒が限界。
良いライブだった。スピードめちゃくちゃ良かった。ばくちくのこわいおたくの友達に「また前座やらしてもろたで!」言うたら「あたしも吉井のスピード聴きたい」言うてたよ。罠いい曲。
2023秋以降はガザのことばかりで、親しい人を蔑ろにした。
親と旅行もせず手土産もプレゼントもできなかった。長くはいられないのに。
夫大好きなのに、夏までは仕事帰りにスタンディング→22時帰宅→ずっとスマホ見て、家事もせず、なんなら春から給料全部寄付して家に入れてない。DVやん。
友達が大きな病気をしていたこと、友達の家族が大変だったこと、どれもそのとき気づいて立ち止まれなかった。
(吉井の病気に関しては「大丈夫なんだよね???ちょっと今無理だからまた今度」までナメてた、本当にごめん)
自分ばかり大騒ぎで、大事な人を大事にしなかったことが凄く悲しい。
花を贈る自分が好きだった。いやまじで107までは贈りまくってた笑、友達が受けとってくれるのが嬉しくて。
贈れなくなったら、その友達がわたしに花を贈ってくれたよ。エーン。
ドームも行かなくて、偶然見た声出ない×ギックリ腰Мステで初めて事の重大さを自覚したものの、アルバムは、ハマらんな…と思ってた(イエローモンキーのアルバムという概念を愛し過ぎていた弊害)。箱買う発想なさ過ぎてkozuのことも知らなかった。
もうまじで歩く時も地面しかみてなくて、新幹線の切符も自力で取れず(夫に取って貰った)這っていった広島、吉井めっちゃ声カサカサで元気無くて「これ中止なるんちゃうか」と思いながら、歌われる「それでも逢いたかった」「離れたくなかった」をみて、
kozu聴かされて
わたしだって離れたくないよォ〜〜〜〜〜!!!!!!
でも1公演追加したら交通費3万円なわけ、小麦粉200$どうやって買おう?って毎晩頭抱えてんのに。今は無理だ。
自分で選んだから後悔はないし、これがおたくの誇りだからな、
ただ淋しいよ。それすらも愛かもしれんけど。
結論はZINEに書いたから、こっちにはそれ以外を。
※友達が寄付手伝ってくれるようになり、年末には無事給料全額(前借り)ループから脱しました
ブロック2、電車でそのZINE原稿泣きながら書いて向かったら「あーそう来る」からの「まあそう来る、よね」「そ、そう来んの!?」で爆笑した。わたし向け過ぎか!
なんのつもりか知らんけど、秋あれで1228これで今日こう!の理由がぜんぶわたしがわかるやつで、自分のおたく度を嬉しく思った。やっぱそう思うよね!?
いや、ちょっと滑ってはいるけど😂、開き直って続けるから「それイエローモンキー的過ぎる、その覚醒、正し〜!」ってまた全betになった。
なんも終わってない。
そんなテンションじゃないて。
でも、俺たちは生きてくんすわ一緒に。
たまに会えたらお互い「役割」でバチバチにキメたりして、せめて互いの日々に楽しかった恋の結び目を残そう。
たたかってるから好きになったんじゃなかった。最初は音楽が楽しくて、マッチョじゃなくて勝手に様子がおかしいから好きになっだ。
挫折の歌を君に歌えば。
いや我々は真面目過ぎるし、これからも真面目にやんだけどさ、楽しいのは罪じゃない。

これはラブコミ爪。
もうメリクリのあとはどんだけ世界が破滅してても、どんだけ笑えなくても、これで現場に向かうだろ。おたくなんだから!
(それでまんまとsmileセトリをくらうおもしろおたく)
わたし初めて買ったアルバムsmileだよ、
太陽燃えてる頃に勝手にアバンギャルド聴いてそっちから好きになって、アメ村のパルコのキングコング行ったらジャガーとsmileだけあって、ジャガーの裏みて(薔薇娼婦麗奈て何…?こわ…)ってsmile買った。中学生でした。
おたくには最早ラブコミ回避する術とかない。
ないなら、全力でラブに身を投じたる。
どんな壊れた世界でもお前とまた会うよ。
生まれ変わっても必ず見つけて出会ってやる。
このツアーの最後の最後はわたしならロマンチで締める。
(でもバ~ンは流石に笑った。
バ~ンwwwwwww
そうね、まあ素直に歌詞だけ見直したらそうね、バ~ンだけど!
中年女に優しいね。ありがとう。
昔のHNが行かず後家です。ぼっちで燃えていくわね)
今回は最後列を集めていました。参観か。
でも笑える気がせん時期だったから安心できて良かった。優しさ席。
(でも1800キロ移動して5階最後列で「神スナイパー席!」てゲラゲラ笑って喜んでんのはわたしくらいな気もする。大事にして!)
次はちょっと前席。
落ち込んでるけど、席なりの役割は果たす者です。デモで自作のペンラ振りちぎって筋肉痛がまだ治らないおたくにどうぞご期待ください。
↑ここまで名古屋終わりで書いてたやつ
↓大阪いった
吉井「生まれ変わってもみつけるからな!」
おいおいおいおいおいおいおい
どうなってんのよ!!!!!!!!!!笑
泣くか爆笑するか全力ワイパーでうっかり調ってしまうとこだったけど、「飲んだあと風呂入らない」とか言うからまた笑った。
風呂入ってから行った先がお好み焼き屋。
もうあんまり時間ないから、って、
離ればなれを愛しむ歌を歌って。
いやこっちは離れんからな?????
先行のときガザのこと限界過ぎてブロック3申し込む気力なかったんだよ、
もうこのあとチケットありません!嘘でしょ?!わたし会場に置いといた方がいいで!
トレードよろしくお願いします!
無題
これはkozu聴かずにZINE出したおたくの初日の思い出です。
そう考えると我ながらだいぶおもろ。
良かったらZINEも読んでね。
ZINEではまだ元気です。
いけるいける〜!て言ってたら文章書けなくなった(元から書けないけど)。
数が数えられなくて、売上と寄付の管理が出来ない。連絡出来ない。毛が抜けまくる。
ここ一番で路上に出られなかった。
このわたしが。
いやまいった。でも今記録しておきたい。
イエローモンキー観たの4年ぶりだった。
っていうのも友達に教えて貰った。
とにかく自分が尋常じゃなく元気ないので、最初からじっとしてるつもりだった。一階最後方隅だから迷惑にならないし、ホールの音響だけ楽しんでもいい…かと思ってたけど、
後方めっちゃ音ズンドコだったの何😂誤算😂
しかも吉井和哉、絶妙に調子悪〜!
お前が元気ないんか〜い。
お前は元気であれよ。
わたしが吉井の病気に対して全く緊張感がなくて、たまたま間に合ったMステで漸く「こいつまじで歌えなくなるかもしれなかったんだ…」って初めてその恐怖と困惑を理解したんだけど(ごめんね)(だって人は皆いつも「サイコーだった♥️」しか言わんから)
本当に、いつまで歌えるかなんてわからないんだね。
俺たちに明日はないかも、
この曲を聴く次の機会は二度とこないこともありうる。罠。
わたしがライブに行かないことがある世界線になってしまったし。
だから、かつて坊主が絶対に叶わない願いと知ってなお歌わずにはおれんかった「遥かな世界」は切実に、今この時間この会場宛に歌唱されていると思ったし、これは多分思い上がりでもなんでもなくそう。
わたしたちのこれは、恋なんだ!(今更)
何十年も聴いてるのに改めて切なくてメソメソしてしまった。2024年にこんな気持ちで向き合ってるだなんて、当の坊主も予想してなかっただろうよ。
オパだけ異常に仕上がってたのも、油断したら遺言にラメまぶして打ち上げてくるバンドだったこと思い出してキュンとした。20世紀の記憶。
笑えないって…みたいな、そこも切なくて懐かしい。
あのときは子どもだったから、甘い経験も触発もただ心配でオロオロした、いまはもう中年だから「せやな〜!」で共犯になれる。
これやっぱ調子悪いときに聴いてこその装置なのかな。そういうのええて。
当時「たとえば」「いつか」の非日常を前提としていたことが、もう目と鼻の先まできてる日常になった。永遠に来ない「いつか」のつもりだったのに。
高齢になるの初めてでオヨヨの推しと、高齢の推し初めてのファン。
世界は終わらないと思ってた。
こじつけで30年前から呼ばれた坊主に、昔坊主だった本人が「今こうだよお前、わかる?」って言って聞かせてて、お父さんみたいだな。何これジョジョ?
でもさ〜メイクオーバーと復活の日はまだ、四十路には早計過ぎて…。
ここまでじっとしたまま鑑賞。
でも今日はわたしがわたしのために来て、確かめているだけだからこれでいい。
だって、今日はもう、とにかく来たんだよ。
今日のための服も靴もアクセサリーもコスメも買わず爪も塗れず、土産も選ばず、久しぶりの友達にも笑えず。
他の誰がTシャツだろうと、わたしだけはいつも悔いの残らない服で来てたのに。
でも最早生活に支障出まくってて、楽しめるわけなんかないのに、それでも罪悪感を全力で張り倒し、来るのを選んだことに意味があるねん。
得るものはなくていいねん。
初めて行ったライブはfix the sicks、わけわからんくらい楽しかった。
20世紀は4回しか行けなかったから、2016からはなるべく行って、新曲が出れば何度も聴いて、ライブでどう響くのかの答え合わせするのも楽しかった。
イエローモンキーのライブで、しらない曲をぶっつけ本番で聴いた経験はなかった。
アンコール、知らない(でもめちゃくちゃ「そう」過ぎる)イントロ始まって、ああ、わたしこのバンドでライブでぶっつけ本番で知らない曲聴くの初めて。
息を吸って、頭を静かにして、1音1句に集中する。
人生にイエローモンキーいない頃、いちばん音楽が好きで必死で、ずっとこうしていたいと思っていた頃の、現場での自分の懐かしい聴き方。思い出させてくれて嬉しいなと思った。
で、他の人にはどう聴こえた何の歌なんかな。
この1年間、友人はメッセで夜中に「我々には神だけでいい、もういい、早くきてくれ」と何度も言った。
そばかすの女性を2人知った、生きてる人とそうでない人。
類を見ないレベルで「悪魔」と呼ばれまくっている人物が友人らを「人間動物」と位置づけ、その「人間動物」であるところの1人はわたしに見たことがないほど美しく厳峻な空の写メをくれた。
わたしにはその歌。
旗が本当は何の旗のことを歌っているは知らない。
でもいまわたしが聴くとき、他に旗はない。
ライブも行かず箱も買わず、あんたは今どうしてる?同じ気持ちならいいのに!って、祈りだけでZINEまで作って。
おたくが推しを想うとき、推しもまたおたくを想ってたの???
同じバンドに2016年5月11日以上に泣かされること、あれ以上がまさかあるとは思ってないし
というより、笑
真面目に考えると、下の世代に聴かせるように出来てるよね。
今はわかんなくても、今このとき、僕は君のことこう思ってたよ、って、未来で見つけて貰える標のように。
必要なとき、もう一緒にはいられなくても、歌は残りいつだって「君」のいちばん側で鳴るように。
(これみらいのうたの下書きでも言ってたな)
…わたしは「君」よりも年嵩だから、これをしている「僕」のほうの想いがめちゃくちゃわかるよ。
吉井の歌はある一定年齢で急にぜんぶわかる時限装置なのも身に沁みて知っているので、「君」が未来で「えっなにこれめっちゃ時空超えて今この瞬間の自分宛…」になるの、わかる通り越してもう知ってる。
そういう意味でも、JAMおじさんの2024年の歌だし、30年前に坊主であった人が今何を思いどうするかの歌。
JAMが思春期のトリガーで、「いま俺とお前が『また明日を待ってる』しか言えない程度の関係だなんて度し難い!!!!!!」とエンジンふかしまくっていた自分に、坊主のこと現代につれてこれないままだった自分に効く。
同じものをみて、同じ1年を過ごしてた。
わたしは現地のよその子どもに薬と上着と靴を買い、あいつは曲作って、
互いに必死のパッチで希望を未来にブン投げてた。
おたおメッセは奇しくもこう書いてた。

…愛媛で!
「言えないけど考えてないわけないじゃん!」「能登だけじゃなくて!」っていってたんだって。
なんでわたしがいないとこで言うんだよ笑
わたしが愛媛にいるわけないだろ笑
チケット当ててわたしに直接言え〜〜〜〜〜ッッッ!😂
20代丸々イエローモンキーいなかったから、わたしにその歌が多分必要なときにはバンドなくて、2016以降は歌はあるのにわたしはもう余生だった。
今踏ん張ってる人に今歌われる歌があることが羨ましくもあったけど、それはそれとして、自分はもう二度とヤダ😂って。
でもまあこの流れで、次の曲はそうなりますよね、
ヤダ〜〜〜〜〜〜〜笑笑笑笑笑笑笑笑笑
こんなの盤に収録されがちな「バラ色で泣いてる客」みたいじゃん!ダサ〜!やめろ〜!
※結局そのまま泣き続け、退場してもまだ泣いてたし財布落とした(見つかりました)
※ロックスターでさえじっとしてた奇怪な女がアンコールから急にウウウ〜って20分嗚咽してて、まわりの人(キモッ…)てなってたらごめんね。
わたしはいま目先数秒のことしかわからなくて、坊主2024の時空のひん曲げ方もちゃんと考えられない、本当はずっと坊主の話してたいよ、
だってこの先には必ずsmileがあるんでしょ?って願いがあるし。
生活できない!ずっとテンパってて目先の数秒のことしかわからない!
でも、こうしてバンドの話をすると、遠くを見ようとしてるみたい。視力上がりそう。
悲しみは必ず終わる。多分。
わたしは多分大丈夫、謎の自信があるし、こうして遠くを見たりしながらきっと必ず元に戻るんや、って具体的なビジョンもゲット。
いける。
そんな気がしたから、2週間もかかって書いた。これは広島公演の話です。
普段なら帰り道1時間で書いたやん。
これはもしかして、わたしの人生初の「自分が鬼やばいときにバンドが存在してる」って状態やない?
決して喜ばしくはないけど。
生きていると、そういうことも、あるんですね。
じゃあこれからも生きたい。
あなたと生きたい。
のであれば、自分は自分のしてることを諦めたくない。
左様ならば、
2021年7月、わたしはまた怒っていました。
何故か蘇ったネトフリクソクソクソクソクソクソクソドラマを、また!推しが褒め称え、2年ぶり2回目の「危険なotokoで素敵!映画見に行きます💕」コメ量産体制に入っていたからです。
なんでだよ!!!!!!!!!(映画じゃねえっつうの)
休止中で(前回はツアー中)こっちも完全に寝耳に水、そんな急に身体戻らんのですけど。
しかも2回目。想定なんか夢にもしてなかった。だって、2年経ってる、わたしも、推しも。
2年間何してたの。
前回と違ったのは、わたしがなんかするより先に指摘が入り、即コメントが出たこと。
指摘して下さった人ありがとう。
そのコメントがカントリーマアムであったことについてはもう、燃やす気力がありません。経験で培われたマーケティング損切りセンスはあるんでしょう。
そして前回のようにマントルには刺さらず、軸移そ!と思わせてくれたのは、2年前には生まれもしなかったバックラッシュムードでした。0よりは進歩したと、言えば厭味に聞こえますか。
バックラッシュあるあるのほぼ全パターンを観測したのですが、本当に「ちゃれんじでみたわあ〜」だったので、拍子抜けといえば拍子抜けでした。
人を殴った際に「悪気はないから無罪」「殴る自由もある」「殴れもしない世の中窮屈」「殴る勇気!かっこいい」「殴る推しが嫌ならファンダムから出てけ」って擁護がつくとして。
いや殴ったらあかんで、で一撃なんですよ。
殴る、がヒステリックで極端な恣意的比喩ってに聞こえるなら、2021年に「性的搾取と数十年の加害を加害者側が美化して再生産してるのを、部外者が集団で積極的に公開消費する」が「人殴る」より罪がなくて穏便だ、とあなたが判断出来る理由を教えてくれよ。
よくわかんない!ってなるなら、あなたとわたしの愛する推しが鑑賞してるものが「何」なのか、調べなよ。わたしは今更説明せんよ。
いまは2021年で、これは2回目。
あと!
任意で課金してる会員向けのわたしたちの花園に介入すんなし、とかの謎理論の人。
わたしも課金してます😂同じように金払って、客として、商売として、暴力自慢きかされてます。
表現者が表現者として課金対象向けに運営してる場での発言は、その人の作品の評価に直結するパブリックな発言として在る。
どれだけクローズドで親密にみえても、我々はオフレコの家族や友人じゃない、客。
数は限られても公共の場だし、当たり前に問題だと認識してます。
ときに、わたしは同担拒否過激派です。しかもどのレベルで頭ヤバいかは、他の駄文から推し量って下さい。
原典主義者で、世界には推しとわたししかいないし、そこに他人の歌詞解釈は1000%許せないから、引用は出来るだけしないようにしてきました。
でも、どれくらい腹たってるかわかりやすく記録するために、やるね!
これはイラつかせ半分なんですが、最高にイラついたときにまでこっちが「あはは〜やめてくださいよぉ〜」をやって相手を気持ちよくしてやる義理は、ないんじゃ!の実践でもあります。
ファンダム毒解釈なにが問題か2021。
①悪意なんかないのに人を傷つけて空の青さが残った
知らなかったのに悪意はないのにかわいそう、の人。いや、まず、推しに興味持て。
他人から言われることではなかろうが、真剣に推す相手に「よくわからないけど」と言い訳すな。
何が起きてるかわからないけど!なんて嘘じゃん。最初からわかりたくないか、損得勘定でわからないふりを選んだか、わかったのに捻じ曲げてるかじゃん。あなたに言ってる。あなたはわかってて、推しをごまかし、自分に嘘をついてる。
数日経って全く蓋したまま「過激な活動家が偏った考えを振りかざしてプライベートゾーンに侵入し、優しい彼を謝らせた、許せない!」まで認知を歪ませないと現実受け容れられないパターンも見た。
なにをどうしたらそうなる〜!
加害者が被害者の役まで盗む典型だよ。それがあなたが推しに証明したい愛か。
わたしの世界には、わたしと、推ししかいない。あなたのことは知らない。わたしは推しに宛てて「○と○に対して失望している」と書いて、あなたの気持ちや思い出や信じたものやあなた自身になにかケチをつけてるのではない。
あなたはわたしの推しじゃない。他人の痛みはあなたのものじゃないし、あなたは他人の怒りを肩代わりできない。他人と自分の境界をしっかり維持しよう。そして認めてくれ。
推しは、いつだって意図的に、あの作品を褒めることを選んでる。
②外野のノイズは殺せ
これも散見されました。
あなたと意見が違うものはあなたを害するからシャットダウンせよ、あなたはケチつけてくる一般人とは違い、アーティストなのだから!
商売人が客ナメたら終わりやで。どこまでもそれをせず、世界中で支持されているポップスターもいますね。
表現者が自分の手持ちの価値観でしか世界を測れず、視野が限られてゆき、過去の再生産しか出来なくなるのは、悲しいことです。
この歌詞は当時最高にカッコ良く、わたしも酔い痴れましたが、それは推しの感覚と価値観のほうが、常識や通念より爆速で突き抜けていたからです。
価値観の鮮度に固執するのは1995年にfour seasonsを聴いているから(半年くらい後追いだけど)。そんな人が今、少なくとも全裸監督喜んじゃう点では、社会のそれよりも大分遅れたとこに立っているのよ。
③誰がなんて言っても君が好きだよ
推しへ、どれだけ間違い迷いなにを失って倒れても、それでも、と顔を上げて進もうとするところを尊敬してきました。
わたしも推しも、意思も力もあるのに他人が思う「今の自分」に閉じ込められて、手元に置き続けようとする人に甘い呪いを口に詰められ続ける環境から、とにかく逃れて、間違えながら今までやって来た自負があると思います。
努力をやめて怠惰になって二人きりの世界に閉じ籠もってくれ頼む、みたいな切実で赤裸々な願いもいつも呑み込んで、身を引き裂かれる思いで別れを選び続けてきた気がします。しらんけど。
こんなとき、違和感を感じたにも拘らず結局「好きなことしかわからない」で自分を手放し、相手も黙らせようとしてしまう悲しみを、どこにも再生産し続けないために、わたしみたいな年増がいんだよ。
おたくへ、あなたはたとえ最愛の推しを憎み、捨てたとしても、ピンピン生きていられる。
あなたは推しではない。あなたは常にあなただけのあなただよ。
④答えの数が世の中の形
他人に自分を押し付けるな。これが結局いちばん多く見られた反発かも。
思い通りにならないのが嫌ならファンやめろとか、それこそが暴力だとか、いや本気で言ってんの?
客商売でロックスターでアーティストの肩書きで生きてる推しがオワコン発言して、それが単に理想と違うからキレてると思うのか?あなたと一緒にしないでくれ。
外の世界ではそれがとっくに問題で、特定の個人を踏む構造を支持することがなんの表明と直結してんのか、表現者がそれを知らないなんて話にならない。意図して敢えて言ってんのか、とぼけてんのか、友達かわいさに判断できないのか、黙っているのが卑怯ですらあるんですよ。表現者の看板上げたまま加害側につく理由を、わたしはまだ説明されてない。
第2シーズンは特に、表現者がステージから懸命にみる夢を、わたしたちは客席から必死で見て、同じ夢と幻想を共有し、相互の力で既成事実にしてる関係でもあった。なあ、説明してくれや推し。
やりたいことがそれなのか。そういうの望んでないんじゃなかったか。
「わたしたちも推しをエロ消費しているんだから!」の人へ、一緒にしないで下さい。してないわ。
エロでなくとも尊厳を消費しているとして、じゃあわたしたちごとこんな構造爆散して変化すべきだ。
余計なお世話だがKポペンが全世界でおもくそ社会活動に貢献してる話が日常的に流れてくるのに、「それは問題あるコンテンツで、貴方のバッドプロモーションになる」と指摘することさえ、悪魔の所業としてみんなで狩ろうぜ!になる界隈であったことが悲しかった。なんでやね~ん。
搾取から逃れたくて見出した場所で、旧態依然とした組織からの長い搾取、いろいろ失って後ろ楯を得てやっとすこし自由になれて、その自分を癒やす方法が「ボーイズクラブに名を連ね、搾取をエンタメ娯楽としてする側になる」は違う。それはお前を救わない。もちろん「それを知ってて黙ってる」も違う。
幸せになってほしいんだってば。
⑤オレの歌はオレの歌君のものじゃないぜ
そう、だからずっと言ってる。
わたしは推しじゃないし、推しの言葉はわたしの言葉じゃない。
リピートされた推しの言葉が、その先で大いに誤解されうる余地を許したままであるのは得策じゃない。
推しにない視点なら、内から聞こえない声なのなら、外から聞こえるように言う。
幸運にも、わたしは推しではないから。他人のくせに黙って見離せない、異常者のおたくだからだ。

これは2018に出た今も昔もときめくデイヴィッド・バーンのコメント。
推しのカントリーマアムのすぐあとに流れてきて、こればっかりは泣いてしまった。
よそと比べんな!ってカッとなる人もまあ見てほしい。デイヴィッド・バーンこのとき66歳。2018年、わたしが逆上してマントル刺さるより前に当たり前にある対応なんだよ。
世の中や他ジャンルの誤り→炎上→推しかわいさに指摘を貶める親衛隊→クソ謝罪→湧くちんよし→ありがとうみんな大好きだよ!を見るたびに、憤り、学習して、でも裏では大層怯え、失礼極まりないながらも常に「推しがゾンビになったら撃てるか」議論をしていました。
毎回練習した。バックラッシュ仕分けがルンルンで出来るくらい慣れた。
でも、撃てなかった。
ファック!おまえ今ゾンビになってるぜ~!と遠くから叫ぶことしかできない。
ゾンビ宣言があるわけでもないし、でも言い訳もない。わたしがわたしとして、前みたいにできなかった。
知らせて、立ち去ることしかしない。
俺と相手のマンツーマンなので、主にファンダムに嫌気がさして去る、なんてありえんと思ってたんですよね。あるんですね〜!
信仰はわたしだけのものだから、どこにいてもあなたを変わらず好きでいられる、でもここにはいられない。
じゃあなんで下手くそな長文かいてんのさ、って、これはわたしのための記録。
そして、もしも自分の魂には背けない、でも自分が間違ってんのか?って混乱してる人がいたら、もっと爆散してるやつがいるから大丈夫!間違ってない!死に汚なさにも下の下があるんやな!って安心してほしい。
推しへ。吉井和哉へ。
あなたなしでも生きていけるように、あなたと違う意見のときは、自分を信じられる生き方を選択出来る様にしてくれて、ありがとう。
傷ついてないとは言わないけど、「傷ついた、つらい」だけ呟いて有耶無耶にするのはわたしの誠実じゃないので、これでいいです。
あなたに出逢えて自分になれたことは、やっぱりいつまでもわたしの誇り。
かまってちゃんの垢消しやくらましを見るたび、「あんたもわたしもこのバンドから今更逃げられるわけないねんで」と思ってた。
どうせ逃げられるわけないし、嫌がられても、未来永劫に出逢い続けてやる。
推しなしでひとりで生きていけるからこそ、敢えて推しとともにあることを選んで生きて行きたい。いつだって、これからだって。
これが最後のラブレターにならなかったらいいなぁ。新曲聴きたいし、ライブも行きたい。本当にそうしたい。
すぐか随分先か来世以降はわからないけど、でも、きっと未来でまた逢いましょう。
それまでは、激イカレおたくの看板は下ろして、自分の名前で別の場所で生きます。
大混乱の糞文ですみませんね。今まで仲良くしてくれたおたくたちありがとう。
あと歌詞の仮名遣い間違ってないか確認するために検索したけど、どう考えてもすべての曲に愛情も思い出もありすぎて、わたしなりに暴発したわ。こんなに好きなミュージシャンほかにいないんだけどな。
代々木(中)
終わる気しないのでできたとこまで…
⑥さらなる菊地英昭劇場
そして代々木のハイライトは間違いなくhorizon本人歌唱だったと思うのですが。
this isと違って完全アポなしの無茶振り、笑って断るのかなと思ったら、…了承するんですよ…。
自分の誕生日にライブを許し、自分の曲縛りで打線組むのを許し、拍手やら鼻歌やらで祝われたい放題を許し、あまつさえ歌まで(昔はコーラスも嫌そうだったのに)!
今夜の吉井和哉の愛の示し方があれもこれも盛り沢山花束にして、の形なら、それをえまさんは受け取る。
前者は愛されている確信を貰えて最早伸び伸びと愛を謳うし、後者は相手を信頼し、自分の相手への愛に疑いがないから、受け入れる。
なんという愛の示し方…
いやなに見せられてんの…?
(※闇が深いときは「おっさんのまどマギ」って呼んでる)
お忘れなきよう一応申しますが、前者は「失われた愛を求めて彷徨う魂」が受肉したマンこと吉井和哉なんですが。
菊地英昭、恐ろしい男…
誕生日に仕事させてしまう(?)ファンの暴力…って思ってたけど、暴力どころか肥やしがお花を搾取する心配すら100万年早いわ!と言わんばかりに(優し過ぎる)、この日「自分でやりたいことをやってます!」「全力おめでとう好き好き大好きちょう愛してる!」「苦しゅうない!」の愛でボコボコに殴打され、遠退く意識の中で、コロナの中でもフルスロットルで愛し愛されるのを差し控える必要はない…と理解させられたのでした。肉体言語で。
週3遊んでた友達に会えない、近所に住んでる家族にすら気軽に会えない、知り合いの店にも行けない、嬉しいことがあっても直接会っておめでとうも言えなくて、
電話やプレゼントで出来るだけ伝え合おうとするんだけど、どうにも大切な部分が擦り切れてしまった感じがずっとしていて、
そんな、ダシにするつもりなんかなかったのに、バンドがえまさんを祝うついでだから!ってまたバッシー懐入れられて、わたしが「今年やりたかった寿ぎ」と「今年やられたかった祝われ」をまとめてお焚き上げされて、かつ「今年はこうだけど、俺とお前は愛のある日常に必ず帰るんだよ!」と太鼓判をおされたようでした。
わたしもう中学生じゃないのに、いつまでもイエローモンキーは大人。
吹雪の中迷ったときに必ず信じられる、懐かしい灯台の火。
クズ社会(識者によると21年ぶりのライブ演奏)も、当時は幼くて吉井和哉が何と戦ってんのかなんてわからなかったけど、吉井式時限装置(その歳になったある日、いきなり何もかもわかる)発動により目と鼻からめちゃんこに水が出て、マスクの中で溺れそうでした。
20年以上前の歌詞、こんなに今ハマる?
キレキレの音とズブ濡れで重くて一歩も動けないみたいなメロで「あなたがいたから」って、それ今年、いまこの瞬間、全く同じことあなたがたに対して思ってるけど!
畳み掛けるメロディにシンクロして混乱が加速、最後マスクの中で叫び出しそうでした。
続く(セトリ最高)brakingもわたしの中では89年、崩壊する東欧と冬のファシズムを背景にした歌なので、それはあまりにも今だったし、そんな歌詞を当てさせるえまさんはやはりずっと時代に対してゴリゴリの覚者なんだな、と改めて思いました。
代々木(前)(仮)
また収拾つかなくなった…
今回は普通のレポートです!
①前フリ
突然ですが、誕生日を祝われるのが苦手です。バレないよう生きています。
善意であっても、結果飲み会の口実に着地したり、肝心なときに見てみぬふりをされて、飛び散ったりするから。
わたしと家族と友達のだいじな日なんだ!大事に扱ってくれん人は帰って!笑
(ちなみに自分の歓送迎会も常に欠席)
人のはお祝いするし好きです、他人の誕生日に愛知まで行ってバンジージャンプする女です。生まれてくれて嬉しい、好きな人のめでたい日は祝日。
代々木スペシャルは奇しくもちゃんえまさんのお誕生日でした。
「特別〜✨」よりも「なんで仕事入れたの?!自分のthe dayを地獄の亡者に捧げるの?!」って地獄の亡者として戸惑いました。
よりによって(?)こんなとき、大事な人と大事に過ごしていいんだよ!
②開場
SEが

不穏 笑
おたく全員昼に「vo.菊地英昭」って誤植を受け取ってて、この不穏、全部仕込みならかなりセンス良かった。
MCでこれは「えまさんを想ったプレイリストbyよしいかずや」だったと明かされます。ペヨーン人バースデーバッシュ幕上がっていた。
③開演
大阪ドは2001の大阪ドに、東京ドは2001東京ドに、横アリはfixとパンチラと春旅の横アリにいたものたちのための夜。
今夜が2016代々木のための夜なら、eien始まり有り得る、えま曲多いだろうな、でも正直eienはまだやんないで〜🙏(eienで倒れてる話参照)って思ってたら出囃子がもうeienで、ヒュッ…
このままやられたらどうしよう!ヒェーありえるで代々木!心臓潰れそう、コザーナちゃんしなないで!
からの!
love is zoophilia
なんでや😂😂😂😂
代々木どこいってん😂
でも今回は福岡とは違って!スベったときに「スベった?」って不安にならなければ、スベりなんて存在しないんすよ!
6千人の「なんでズーブィリア?」を意にも介さず歌い上げ、スカしたまま続けて堂々たるセックスレスデス!選曲😂
えらい〜👏👏👏👏👏👏👏👏
④吉井和哉劇場
吉井和哉さん、今日絶好調では?
大野一雄ばりの正座して創生児の札めくり、「聞きましたか?いまの泣き言」、開始即これ、円熟の吉井和哉劇場。
やっぱりお前こそが俺の人生のメフィストフェレスやで!!!!!!!!!
街の灯なんかいまいちばん聴きたかったよ、坊主また会えてうれしいよウッウッ。
イントロで会場のムードが明らかに変わって愛が風呂みたいに満ちて、俺たちおたくは皆、バンドがやりたいように好き勝手やってる姿が一番好きなんだよ〜!と思いました。
街→ニューロの流れも良いし、ここで一切の中弛みが無いのが凄まじい。寧ろ音の締まりの良さに毎秒びっくりする。
MCも完璧!優秀!練習してきた?
まさかの拍手でハッピーバースデー、声も出せないこんなシビアな条件下なのに、6000人満面の笑みで柏手打って好きな人のお誕生日会してて、なにこれポジティブしかない〜!これがあいつのやりかた!this LOVE is for 英昭!
おまけにアルペジオ、どうぞ〜!からの愛の讃歌!素晴らしかった😭😭😭😭😭
みわさまいらしてますか〜!?
エマはまだ♪56だから〜!のマッシュアップアイドル歌謡もセンス良すぎ。しかもコスメティックラブのあそこで大正解、もう1回を遠くに逃がすサンプリングみたいにしたのも最高に痺れた。
※直後に八王子会のアレが発表されてたけど、この日ヒロミ来てたのかな、来てたら吉井和哉劇場マジで最高だな…卍
曲作りの傾向の時点で、吉井和哉が本来遊びの天才だって確信はあるのだけど、なかなかライブで披露してくれないよね。
CD通りに聴きたい方もおられること否定はしませんが、わたし個人は天才の天才ぶりは見せつけてほしいです。
解体!脱構築!惑星に惑星ぶつけて今夜ここにしか存在しない新しい宇宙を作って!
我々は曲から永遠に可能性を引き出せる、っていうの好き過ぎるんだよ〜。
そしてニコ生同期。
本来なら全てのリスクを自力で排してここに来る筈の周囲の友人(※ちゃんえまの女たち)がこの日は皆中継参加を選んでいたのですが、ここでバンドが会場にいる我々と中継の先の我々を区別なく分け隔てなく懐に入れてることを表明して、心の砕き方とその見せ方のスマートさに普通に胸が苦しくなった(恋で)。
友人たちと一緒に観られて嬉しかったで〜す!
⑤菊地英昭劇場
ところで代々木の音が良過ぎ。丹下健三天才か?(天才です)
というか、他の会場で客に聴こえてる音に制約があり過ぎる。
ずっと言ってるけど、この音でライブができるバンドを、会場殆どの客がいつもあのくらいの音でしか聴けないの、構造に対して技術の限界だとしてもいくらなんでも残念。開催規模と引換えにするにはあまりに大きな損失。
なので、空の青を代々木の音環境で聴けて良かったです。無口なかつてのえまさんが、言葉じゃなくギターに本当の気持ちを託していたころのしあわせな思い出?を、ギター語で、ライブで聴けて嬉しかった。ずっとこれだけ聴いてたいな?
(実際はヒーセのベースがいちいた良過ぎてギターに集中できないし、弟のドラムも根が同じ言語なのが快いし、吉井和哉ちょっと静かにして?いまえまさんがギター語で喋ってるから!笑 なんなんこのバンド)
この曲で離陸してどこまでも上空の青だけ見る未来を想像して、実際はそこから降りて立ち止まったり歩いたりして、
青ばかりでなく雲の上の夕焼けや、眼下に暮らす人の営みや、時折夜の花火を見ながら、今はまた高度を上げているよう。
例えばchangesがマイフーの未来であるように、horizonは空の青のあのちゃんえまさんが、未来で書いた曲なんだな。しみじみ。
東京ドの話 紅子
忘れてたんだよ、わたしは都合がいいから。
わたしのことは、わたしよりもイエローモンキーのほうがよく知ってる。
というより、気づかない振りをしていたいことを、いつも曲で暴かれてしまう、ことにしている。
吉井和哉になら心の奥底を見透かされてもいいと思い、バレたなら仕方ないやと最後の言い訳に設定している。
イエローモンキーのことを出来るだけ解像度高く把握したい、って言いながらも、
イエローモンキーに映した自分の奥の奥がどこまで見えるかに目を凝らしている。
今更だけど、20代まるまるイエローモンキーいなくて、なんか本当はそのとき居て、してほしかったであろう事を、騙し騙し今更求めている気がしてきた。
イエローモンキーは大人でやさしいから拒絶もせず、でもいつも「朝が来たなら起きてあなたに戻りなさいね」と言ってくれる。
名古屋は「いや、せめてもうちょっと近くでみせてくれ笑」大阪では「いや正面からみせてくれ笑」って茶化しながら、念願叶った東京ドで、ようやく正式な「もうここにはいられないんだよ」を頂いて来た感じです。
まっすぐ言ってくれてありがとう。
どこにもいけなくて、また2001の同じ場所から再開して、でもやっぱりどこへもいけない。確かめ合う以外にあまりになにもなかったから、やっぱりお互いもうここにはいられないってわかってて、向こうから優しくずっとそれを伝えてくれてるのに、
こっちは20年前と同じように、自分がすべきこともわかってるのに、
ライブが終わった時点で、わたしがわたしと再会出来る気配はなかった。
でもそれもやっぱり優しい夢みたいで、暫く眠ってまた起きたらこんな日々が続くんじゃないかと思ってしまう。
この4年それやって、楽しくて、わたしの身体はどこへも行けないまま。
愛したイエローモンキーの曲から、それを聴くにふさわしい自分から、どんどん状態が遠ざかる。
これはロザーナ聴いたときに喫茶店で泣きながら復唱した、やっぱ好っきゃねんの歌詞。

これはいまわたしの脳内でガンガンに歌っている欧陽菲菲。

東京ドでみたのはわたしの最愛の音楽、こんな状況下でも逢えて嬉しかった。
でもこう聴こえる。
引き留められない。

好きになったことは勿論、わたしがわたしを投げ出したことも、後悔はしていない。
でもこれからも一緒にいるためにはまるで何もかも足りない。
わたしはこんなに何にもなかったか?
「心が何度でも立ち上がれる若さがあるうちに」
自分は無敵の不死鳥だと思ってたんだけど、案外そうでもないんだよね。
バラ色も、あんなにみたかったfourseasonsも、いざ見たら今の自分では追いつけない。
プライマル。の呪いすら解けてしまって、それが自分だと思った状態から猛スピードで遠ざかっていく。
代わりに手に入れたものなんかなんもないよ。いや、どうすんだよ。
※行き過ぎた信仰はガチ恋と見た目が同じ、このあと4日間キレ散らかしてACOの四月のヒーロー歌いながら泣いて、UMB決勝でRUMIにガンたれまくる般若みたいな顔して横アリいくのですが、それはそれで別途ぶっ飛ばされるので、一旦ここでは忘れて下さい。
東京ドの話 虹子
東京ド、行きました。
今のわたしは偏差値が3。
ギリギリまで人数と座席プラン調整してくれているであろうため、1週間前に入場時刻だけ届いて、席発表2日前。座席配置は現場にて。
しかもわたしはエラーで入場時刻「対象外」
発表された座席はアリーナABCDEFGHIJK、の、K
ケェー!!!!!(鳴いた)
入場時間は15時半(※開演18時)入場ゲートは後楽園(※隣の駅)!
3時間前に呼び出されて一駅先から心の目でライブ観んの、めっちゃおたくのこと試すやん…と思い、燃えました。
ちなみにK席のKは和哉のKだったので全部許した。あと制限退場で出たの21時半で、6時間拘束だった。長めのご休憩。
SEがライブ音源縛りで、あっ音楽好きなんだ〜わたしもです一緒〜☺🤝みたいな気持ちが懐かしくて、それも嬉しかった。
歓声ナシよの公演のSEにわざとshout it loud入れてくるとこ好きです。
吹っ飛んでしまったけれど、元はと言えば第2期の終幕として用意された公演で、
名古屋、大阪に続けて4月で区切りにしたかったのがこんなことになって、気持ちの整理とあとセトリどうするんだろう…こちらどんなテンションで、と緊張していたら、1曲目真珠色。
100万回聴いて勿論一字一句覚えてて解釈もストップ高だと思って久しかった歌詞、歌い出した瞬間に世界が全回転した。
再集結後の「時計回すの好っきゃな〜🤗」とかがまとめて押し寄せてきて、
「砂時計の悪戯を手品みたいに呼び戻して」
かわいいな、おぼこい願いだな、それ叶わないのうちらみんなわかってるけど、でも手品かなんかで戻ってほしいよね、素直に。
こんなんなって世界中どこも変わってしまって、わたしたちも変わらざるをえなくて、呑気に観に来た側よりもそりゃ抱えてるものが違うし不安だろ、いや可哀想なくらいガチガチに緊張してて、
でも再会にこんなぽやぽやのラブソングを選んでくれたんだなと。試行錯誤の愛撫を!散りばめながら!
愛〜…///
個人で出来る範囲の対策は半年間かなり頑張ったつもり、ライブ無理なのは仕方ないって思ってたけど、こんなにも音楽に逢いたかったと気づかされたというか、気づいてもいいと言われたというか。
尊敬する技術者は倉庫と機材を処分し、いちばん信頼した上司は年を越せるかギリギリ、友人たちの人生は宙に浮いたまま、みんな耐えてる。希望があるわけじゃないけど、どんな小さなきっかけをも待ってる。
このズタズタの廃墟みたいな状況下、誰も最初にやりますって言えなかったこと引き受けて、不安と緊張で気狂いそうだったと思うんだけど、腹括って現れるときにちょっと滑稽なくらい能天気な幼いラブソング、夢みたいな音楽を鳴らしてくれたの、最高によかった。
何もかも今ここで俺らの愛のために歌われる歌詞だった。
…コロナがなければこれ、おたくたちと即1杯390円の居酒屋に駆け込んで、ノート開いて歌詞一字一句つつき回して、あの瞬間わたしに伝えてくれようとしたことを一滴残らず回収するやつ!ファッキンコロナまじ。
いつも逢う友達も、必ず逢いたい友達もこなかった。会場にいる友達にも逢わない。
※この歌詞いじくり倒し会そのまま「2曲目なんでマーメイドやったん」の被害者の会になる
※代々木のAHEN、福岡メカラのマリーにくちづけずweddingdress、に続く、イエローモンキーセトリ3大許し難い行い
MC、「満員に見える」からの「細かいことはいいか、」もむちゃ照れた。未だに照れてる。恋人に逢うみたい。
違和感を気にしたらキリがないけど、それよりも逢えて嬉しかったし余裕なかったな。
以下探りあうようなセトリ、からの、中央ステージ移動、花吹雪、ブギー連チャン、
聞いてくれ〜K席ワイ、中央ステージドセン前から数列目で〜す!
大阪で、マイクスタンドバーン!倒す背中を花道脇から見ながら、一度失った関係がまた繋がって、今やその確かな後楯にして貰えてるのが嬉しくて泣いたfourseasons、
「それはそれとして正面からもみたいに決まってるからな?」ゆうてたやつ、
いや公式、わたしのツイッターみてた?ありがとう!
あとおJAMには去年からやられてしまってるんだけど、JAMずっと、彼が自身と特定のyouに向けて真摯な気持ちを証す歌で、我々はそれを鑑賞しいやしくも己になぞらえることを許されてる…んだと思ってて、いや、youの範囲に我々が含まれる場合があるなんて思ったことなかったのに、去年から含まれましたよね(幻覚)。
マジで俺もきみに逢いたかった。むちゃくちゃ逢いたかったです。
音楽を間に挟んで、双方向から同じ気持ちで同じバンドの未来を求めてる。
メンバー、めっちゃイエローモンキー好きだよね、わたしもです。同担〜。
あと、長生きしてたら、吉井和哉が東京ドにメロメを迎えにくる日が来るんだな…。
あの日は超絶湿っぽく、前後もわからず遠くに投げるしかなかったのを、トゥモロウの側から拾って、ちょっと期待と理想もくっつけて、またふわっと未来に託す、とかあるんだな。
メインステージで吉井和哉が一生懸命歌ってるのに、中央ステージはスタッフさんが普通に片付けしてて笑 それもよかった。
終わりの見えない長い冬に息絶えてしまったんだろうと思った、わたしとあなたのとびきり寂しい思い出として静止画に閉じ込めてたドームの🐞、我々もスタッフさんもライフが超ゴーズオンしてるこの場で再生ボタンが押されて、また次のどっかトゥモロウへ飛んでくんだなと思いました。
プライマル。が今再び旅立ちの曲として、「この寂しさはきっと再会に必要なスパイスだから、笑うとこだよ」だった。
代々木とは違って元の意味で、かつての悲痛過ぎる笑顔では既にないけど、それでも我々は旅立ちだけが人生。一緒にいた時間があれば、きっとお互い次の岸まで泳げるってやつ。しかも実証済。
個人的には2001年の「君の名は?この僕に何を残したい?」に文字通り呪われて、バンドに去られてひとりで20代と自分の人生を迎えて、あとは長い挫折と余生。
代々木で解凍されて、倍の歳になってまたこの曲でお別れをするにあたり、もう呪いがなくなってたことに気づいて、寂しくもあり。この言葉に呪われていない人生があることが改めて不思議だった。
つい掴んだ手もひらいてしまった、呪いさえ持たずにこんなんで、次の岸つくんかなわたし。
「球根の歌い出す寸前を一生みてたい」とか宗教ガンギマリの楽しい時間はあっけなく終わって、当初の予定では4月に物凄いの上がる筈だったろう花火は儚くて、一緒に見るはずだった景色、そこに一緒にいたであろう友達を思った。
こんだけ未来の約束をされて絶対大丈夫って言われて、それでも帰りたくなさ過ぎた。終わってしまうのが嫌で、サンキューメッセは聞きそびれてしまった。
しぶしぶ大阪帰ってきて出社したら、思いの外多くの人から声かけられた(会社におたくが多い)。
「イエローモンキーのドームがこのまま成功したら、中止になってしまったうちのライブもまたいつか必ず出来る気がする」
希望だった。
視野が狭ッ狭のおたくだったけど、みんなも止まってしまった自分の時間が動き出すときを、次の季節を信じて待ってる。
変わってしまった世界が、離れ離れになった気持ちが、再会出来る季節の兆しになれたなら。
誰がって、わたしと!わたしのすきなバンドが!
半年間、国に有効な対策を探ることさえ放棄され、有観客屋内公演のガイドライン=有事に誰に何の責任があるかも有耶無耶=なんかあったら全方位からとりあえず責められるような状況のまま、「100は無理だけどずっと0でみんなで滅びるわけにはいかない」「1なら、2なら、10までなら」ってギリキリまで退かず調整を重ねてなんとか可能性に踏みとどまろうとしてくれたと思う。正面から。
いや、日々保健所データ見て、スタッフ胃ちぎれてたくない?わたしなら毎日絶対窓から飛び降りたくなってる。関係者のみなさま、ありがとうございます、お疲れ様でした。
そして「先陣を切った英雄」「後に続くものたちのために先をゆく勇気」についてはもう皆さんに語ることをお任せして、あったり前に目の前の我々に向いたライブだったこと、大義の介入する余地のないいつもと変わらぬ愛あるセッ()であったことを、みんなが忘れても、現地にいた当事者のひとりとして覚えておきます。
歴史や遠くの誰かが後からどんな言葉で飾ろうとも、わたしは純粋に、こんな状況でもお互いがお互いを求めることを許されて、大好きなバンドに逢わせて貰ったことが、嬉しかったです。
追記

毎日神経張ってガチガチに緊張してここに来た19000人の我々と、むちゃくちゃ来たいのに我慢したもっとたくさんの我々で、出来たことだと思った
いや長年「ゆうて真珠色の革命て、何ぞ」って思ってたけど、
これなのかぁ…